月別アーカイブ: 2012年10月

トゲアリその後

先のトゲアリ物語の中で、9月28日に私の住んでいるすぐ近くの林道が走る低い山で、この物語の主人公のトゲアリの女王アリを採集したと書きましたが、その同じ山で新たな発見をしました。実は、そのトゲアリの女王アリを採集してからは、幾度かその山の林道に沿って再びトゲアリの女王アリに出会えないものかと探していたのですが、新たな出会いはありませんでした。けれども、女王アリは採集できないとしても、この山のどこかにトゲアリの巣があるはずでした。

そんなある日、アリ探しを兼ねてサイクリングをしていて、ふとトゲアリの巣を見つけたのです。10月26日の午後のことでした。この山を仮に「野田山」と言うことにして、その場所は、野田山のピークより少し下ったところでした。これまでは、アリの採集時はそのピークで引き返していたのですが、この日は、とても良く晴れた文句なしの秋晴れの日で、自転車でこのピークを越えて、気持ちよく風を切って下っていたのです。もちろんアリの観察も兼ねていましたので、所々で止まりもしました。そんな時、大木の幹をムネアカオオアリに似たアリ、つまりはトゲアリの働きアリが往来しているのが目に留まったのです。そこは、標高280m前後の所でした。

バイクを立て掛けている木にトゲアリの巣がありました

大木の主幹を往復するトゲアリ

巣の入り口近くの様子(30秒動画)

トゲアリの働きアリは、この季節はまだ働いていました(気温21℃前後)。歩く速さは、ムネアカオオアリやクロオオアリに比べるとやや遅めで、また、警戒心が強いらしく、私がより幹に近づくと、気配を察することができるらしく、動かなくなって腹部を腹面へ曲げて丸くなるものもいました。

体を丸めるトゲアリ

この巣がある木から登り方向の別の木の幹にもトゲアリがいました。この木には目立った樹洞はなく、巣はないようでした。

画面右の林道沿いの木にもトゲアリがいました

この木のトゲアリと、巣がある場所にいたトゲアリが同じ巣のトゲアリなのかを調べるために、両者を1匹ずつ捕らえ、フィルムケースの中で一緒にしたのですが、喧嘩は起こりませんでした。これを3例試したのですが、結果は同じでいずれも喧嘩が起こりませんでしたので、同じ巣のトゲアリのようでした。

まだ、他にもトゲアリの姿がないか近くを調べていると、巣があった木から少し下ったところの大木にもトゲアリがいました。この木には巣がありました。

木の上方を見ると

根元にも巣の出入り口があるようでしたが、木の上方に朽ちたところがあり、どうやらそこにも巣があるようです。

樹洞に働きアリが見えます

少し下の樹洞にも働きアリが多数いました

働きアリは、絶え間なくこの樹洞と根元との間を往復していました。明らかに根元の巣もこの樹洞の巣も同じ家族のようです。

後日思ったことですが、最初に見つけたトゲアリと別の木にいたトゲアリが同じ巣のトゲアリかどうかは調べたのですが、明かに2つのトゲアリの巣を見つけたのですから、この両者のトゲアリも一緒にしてその様子を観察すべきでした。果たしてこの場合は喧嘩を始めるのでしょうか。先の同じ巣のトゲアリのようだとの考えは、この2つの巣のトゲアリ同士の様子を見て結論を出すべきでした。

さて、トゲアリは一時的社会寄生をするのですから、必ず近くにクロオオアリやムネアカオオアリがいなくてはなりません。この野田山では、ムネアカオオアリの姿は見かけていたのですが、クロオオアリは見かけませんでした。野田山のピークは294mしかありません。その麓の平野部は110m程度ですから、標高差は200mもないわけですし、そもそも300m未満の山でもあります。そんな山にも関わらず、クロオオアリの姿がないのです。

ところがやっと先日(10月22日)クロオオアリを見つけることができました。麓に近い林道を歩いていました。そして、実は、トゲアリの巣を2箇所発見したその日、そのトゲアリがいたすぐ近くの林道でもクロオオアリの姿を見ました。ただ働きありを1匹見つけただけだったのですが、でもそれで、間違いなくクロオオアリの巣がトゲアリの巣の近辺にもあることが分かったのです。

1年目のクロオオアリ・ムネアカオオアリのコロニーの大きさ

本年6月14日に駒ケ根市で採集したクロオオアリとムネアカオオアリの女王アリとその家族の成長について、10月23日時点でデータ化しました。

データ化の対象としたのは、簡易小型飼育器「アンテキューブ」で飼育している家族です。

簡易小型飼育器「アンテキューブ」

他にも同じ日に採集した女王アリとその家族はいるのですが、コンクリート製の人工巣等で飼育していて、幼虫の数などを数えることが困難なため、除外しました。

今回は幼虫の数を数える必要がありましたので、できるだけ正確に数えられるように実体顕微鏡も使いました。ただ、幼虫は塊になっているため、重なっている部分を数えるのは難しく、おおよその数になることが多々ありました。成虫の数については正確に数えられています。

サンプル数は、クロオオアリが27家族、ムネアカオオアリが15家族です。それぞれ、成虫、繭、幼虫、卵の数を数えました。結果は次のようでした。(いずれも個体数の平均値)

クロオオアリ
成虫: 13.5匹 幼虫:2.3匹 繭・卵なし
ムネアカオオアリ
成虫: 12.7匹 幼虫:14.1匹 繭・卵なし

この調査から、この時期になると繭も卵もないことが分かります。また、成虫の数はクロオオアリもムネアカオオアリも13匹前後で有意差は認められません。注目すべきは幼虫の数で、これは明らかに違いが認められます。クロオオアリの場合、0匹だったのが3分の1の9家族あり、一番多くて12匹でした。これに対してムネアカオオアリの方は、幼虫がいない家族はなく、3分の1の5家族が20匹前後でした。

ところで、ほぼ2ヶ月前の8月27日にも成虫の数を調べています。上記と同じ家族に限定してその平均を出すと、クロオオアリでは10.4匹、ムネアカオオアリでは11.3匹になります。これは、この2ヶ月間でクロオオアリは3.1匹増え、ムネアカオオアリでは1.4匹増えたことになります。8月27日といえば、女王アリが巣作りを始めて初回に産卵した卵がほぼ全て働きアリになったころで、それからの2ヵ月間は働きアリの数はさほど増えていないことになります。ちなみに、この2ヶ月間はクロオオアリの方が増え方が多いように思えますが、もともとムネアカオオアリの方が早くから成虫になり始めたので、そのことがこの差になったのでしょう。成虫になってから死亡したアリもいましたが、それを考慮しても、この2ヶ月間の成虫の増え方から考えて、今いる成虫は、女王アリが初回に生んだ子どもだと考えるのが妥当なようです。

駒ケ根のアリ

10月20日の午後には駒ケ根市に着き、6月にクロオオアリとムネアカオオアリの女王アリを採集したレジャー施設へ向かいました。ここは、標高が860m前後のところです。乗鞍高原の一の瀬園地辺りが1440m前後ですから、標高差は580m程で、これを気温差に直すと3〜4℃になります。

この駒ケ根では、標高が少し高いのですが、クロオオアリやムネアカオオアリは、まだ地上に出てきて、活動しているのでしょうか。まず、一番の関心はそのことでした。レジャー施設の駐車場の以前クロオオアリの巣があったところを訪れると、巣穴らしいものが見当たりません。ですが、クロオオアリの姿はありました。

わずかにクロオオアリがいました

ここ駒ケ根では、この時期にもクロオオアリが地上で活動していることが分かりました。この駐車場から少し離れたところの、6月にクロオオアリの結婚飛行を観察した場所に行ってみると、そこではクロオオアリの姿はなく、巣穴の形跡も完全になくなっていました。

6月にはこのコンクリートの隙間からたくさんの羽蟻が飛び立ったのですが

6月14日の様子

ムネアカオオアリの巣がある場所も見てみました。6月にはたくさんのムネアカオオアリが巣の出入り口にいたのですが、今はただ穴があるだけでした。ムネアカオオアリは、クロオオアリも早く、地上へは出なくなっているのでしょうか。

6月の様子

今の様子

この日の観察はここまでにしました。

やがて日没を過ぎると、遠く千畳敷カールのホテル千畳敷にも灯が灯りました。

ホテル千畳敷の灯が肉眼でも見えます この写真は1000mm望遠レンズで撮影したもの

夜空を見上げると、三日月を過ぎた月がきれいに輝いていました。

月がきれいに見えました

21日の朝もとても良く晴れていました。前日の夕刻に見た千畳敷カールも朝日を浴び、赤く輝き始めました。

早朝の千畳敷カール 良く晴れています

この日はまず、菅の台周辺を探索しました。6月に羽蟻が大量にいたムネアカオオアリの巣のある樹を見ましたが、ムネアカオオアリで賑やかだったその面影はありませんでした。

ムネアカオオアリは1匹もいません

実は、ここには9月23日にも訪れているのですが、その時にもムネアカオオアリはいませんでした。

9月23日の様子 辺りにムネアカオオアリの気配はありませんでした

クロオオアリの巣があった場所にも行きましたが、地面に巣穴がないように見えました。

穴を掘った際に出てきた土はありましたが、巣穴が見当たりません

6月の様子 巣穴が見えます

ですが、クロオオアリの姿は、見ることができました。

ちゃんと活動していました

クロオオアリの後を追って行くと、巣穴にたどり着きました。ただ、非常に発見しにくい感じでしたので、クロオオアリの跡をつけなければ見つからなかったことでしょう。

巣穴のある場所はとても分かりにくい

夏と比べると、とても小さな穴です

近くの樹の幹にもクロオオアリがいました。

木のたんこぶのようなところを舐めていました

何か甘いものでも付いていたのでしょうか

この辺りは朝から陽が当たっていて、暖かくなってきました。

反対に日陰になっている側の土手も歩いてみました。こちらにはクロオオアリの姿がありません。やはりまだ少しひんやりとしています。そんな中、岩の上をゆっくり歩いていくアシナガアリのようなアリを数匹見つけました。

アシナガアリのようなアリ

林の中にもはいりました。そこには、クロクサアリの巣があります。

クロクサアリが暮らしている朽ち木

クロクサアリの姿がありました

巣からの行列を伝っていくと、近くの木にたどり着きました。何か蜜のようなものがこの樹上にはあるのでしょう、下りてくるクロクサアリの腹部は膨れていました。

下りてくるクロクサアリの腹部はパンパンに膨れています

そろそろ、昨日出かけたレジャー施設へ行こうと思っていると、木道の上に、何か大きなアリがいました。ムネアカオオアリの女王アリではありませんか。午前10時40分ごろのことです。

木道を歩いていたムネアカオオアリの女王アリ

こんな季節にムネアカオオアリの女王アリがいようとは……。全くの季節外れのこの者は、いったいどこからやってきたのでしょう。辺りを丹念に探してみましたが、他の女王アリはいませんでしたし、雄アリもいませんでした。それに、朝からずっと探索しているこの菅の台で、まだムネアカオオアリの働きアリさえも見かけていないのです。ともかく、女王アリを採集して持ち帰ることにしました。

午後からはレジャー施設へ行きました。ずっと気になっていたのは、ムネアカオオアリの姿を見ていないことでした。ところが、午後1時半ごろになって、初めてムネアカオオアリを見つけました。

やっと見つけたムネアカオオアリ

ムネアカオオアリもこの季節、野外で活動していたのです。ただ、やはり、クロオオアリと較べれば、野外での活動は少ないことが分かります。果たしてムネアカオオアリは、いつごろまで野外で活動するのでしょうか。

しばらく山道を歩いていると、大きめの黒っぽいアリを見つけました。何かの女王アリです。

この女王アリの種名は?

他に目をやると、アシナガアリのようなアリがあちこちにいました。女王アリも、アシナガアリのようなアリも採集して、更に近辺を見てみると、すぐ横に巣がありました。

コンクリートと地面の隙間に巣がありました

今しがた採集したアリと同じアリです。ここに巣があったので、アリがたくさんいたのでしょう。してみると、この女王アリは、この巣から出てきたのかも知れません。確かに色や姿が良く似ています。

以後は帰宅してからの話になりますが、この時採集したアリを実体顕微鏡で見てみると、

とても肢が長く

体長が5mmぐらいあったり

大きいのでは6〜7mmあったりします

このアリの側面を拡大すると、

側面を拡大すると

このようになります。前胸背と中胸背の堺が盛り上がっていますが、この特徴はアシナガアリに酷似しているヤマトアシナガアリの特徴です。ただ、頭部を背面から見ると頭部後縁の丸みはアシナガアリに似ており、また、体長の上限がアシナガアリ(体長3.5〜7.5mm ヤマトアシナガアリは3.5〜5mm)に該当します。以上のことから、アシナガアリのようには思うのですが、同定するのは保留にしておきます。

乗鞍高原のアリ

上高地を後にして、その翌日の10月20日は、乗鞍高原へと車を進めました。車中泊は、松本よりの道の駅でしたのですが、明け方はずいぶんと冷え込みました。乗鞍高原一の瀬園地(標高1440m前後)に着いてみると、車中で前泊をしていたと思われるたくさんのカメラ愛好家がいました。この日もとても良い天気になっていました。

朝焼けの乗鞍岳

乗鞍高原では気温が氷点下まで下がっていたらしく、草原には霜がつき、朝日を浴びると霜が融けて輝き始めました。

朝日を浴びると霜が融けて輝き始めました

辺りの木々は、もうすっかり色づいていました。

紅葉がとても美しい

一の瀬園地の中をしばらく歩いていると、こんな看板がありました。

アカヤマアリのアリ塚につていの看板

看板では、「ヤマアカアリ」とありますが、アカヤマアリのことでしょう。辺りを見ましたが、アリ塚のようなものはありませんでした。

※追記:ブログ読者からコメントをいただいています。文中「アカヤマアリ」は正しくは「エゾアカヤマアリ」のことです。

園地の入り口に戻って午前10時頃、そのアカヤマアリを見つけました。

地面を歩くアカヤマアリ

地面を歩いていました。そこから、少し坂道を登っていくと、シラカンバの幹を往来するたくさんのアカヤマアリを見つけました。

かなり速く歩いています

シラカンバの木にいたのでしょう 獲物をくわえています

登っていくアカヤマアリ

真横からも撮影できました

周りの地面を見てみると、ここにはあちこちにアカヤマアリがいました。更に山道を歩いて行きましたが、どこへ行ってもアカヤマアリをたくさん見かけました。どこでもよく見かけるクロヤマアリの姿はありませんでしたし、クロオオアリもムネアカオオアリも見かけませんでした。アカヤマアリの他は、ただ2種類または3種類のフタフシアリ亜科のアリを見かけただけでした。

1目盛りは1mmです

上の写真の上2匹のアリは、見つけた時には上の小さい方のアリが下の大きい方のアリに咬みついていました。大きい方のアリは、触角や肢をかみ切られています。このアリは、一見女王アリのようにも見えます。実体顕微鏡で見ると、

わずかに翅の跡があります

胸部を更に拡大すると

胸部に翅の跡があるので、やはり女王アリであることが分かります。結婚飛行後、小さい方のアリなどに襲われたのでしょう。

その小さい方のアリですが、同じく実体顕微鏡で見ると、

胸部や腹柄節が日焼けしたような色合いになっています

胸部や腹柄節の背面が日焼けしたように濃い色になっています。腹柄節の形は、

腹柄節を真横から見ると

真横から見ると、おにぎりのように二等辺三角形に近い形をしています。体長は2〜3mm位です。このアリは、大きさや前伸腹節刺の形がヒラセムネボソアリやハリナガムネボソアリに似ていますが、腹柄節の形と日焼け状の色つきが異なっています。

※追記:ブログ読者からコメントをいただいています。上記は「タカネムネボソアリ」ではないかと思われます。

先のフタフシアリ亜科の上から3番目に写っているアリは、体長が4〜5mm程あります。拡大してみると、

胸部にしわが目立ちます

胸部にしわが目立ちます。また、針を出しているのに気付きます。腹柄節の形は、

腹柄節は丸みを帯びています

丸みを帯びています。このアリは、おそらくシワクシケアリだと思われます。ちなみにこのアリは、一の瀬園地から少し離れた乗鞍高原内のバス停「コロナ連絡所前」でも見かけました。

さて、話をアカヤマアリに戻します。先の看板に書かれていたアカヤマアリのアリ塚ですが、しばらく歩いた道沿いの木の根元にありました。

木の根元のアリ塚

巣の出入り口近く

また、その先へ行くと、岩の下にアカヤマアリの巣がありました。

岩の周りのアリ塚

結局、一の瀬園地では、大型のアリとしては、アカヤマアリのみであったことになります。これは、この季節だからなのでしょうか。また、暖かい季節にこの高原に訪れる機会があれば、再度調べてみようと思います。

上高地のアリ

10月19日の早朝から上高地へ向かいました。この日は、前日の雨交じりの日から一転して大変気持ちの良い秋晴れの日になりました。

朝9時前の大正池

大正池で下車し、河童橋方面へと歩きました。歩きながら、この季節、この場所でのアリの様子を観察するのが目的です。大正池は標高1500mの高さにあり、河童橋付近の標高は1520m前後です。平地とはだいたい9℃の気温差があることになります。温度計を持ち合わせていなかったので、気温は測っていません。(標高600m前後の松本市のこの日の最高気温は17.1℃、最低気温は10.6℃でした)

河童橋へ向かう途中、奥穂・西穂・前穂が一望できるビューポイントがありました。

右から前穂高岳、奥穂高岳、西穂高岳が見える

アリの方はと言えば、1匹の姿も見かけることがありませんでした。

初めてアリと出会ったのは、午後の1時半頃で、河童橋を通り過ぎてしばらく歩いた場所でした。

黄色い何かの幼虫を運んでいました

全体の姿が分かります

細長の感じがするアリでした。また、少し離れた場所にもアリがいました。

クモを運んでいました

全体の姿が分かります

この2つの場所で出会ったアリは、同種のアリのように思えました。帰宅してから、実体顕微鏡で調べてみると、やはり同じアリのようです。

黄色い何かの幼虫を運んでいたアリです

その幼虫です

別の場所でクモを運んでいたアリです

更に拡大してみると、体が細かな毛で覆われているのが分かります。

細かな毛で覆われています

ケアリの仲間だと思いますが、体長が4〜5mmほどあり、同定はできませんでした。

トゲアリ物語(最終回)

それから1週間が経った。トゲアリは、ムネアカオオアリの働きアリから攻撃を受けることがなくなっていた。このままだと、一つの巣にトゲアリとムネアカオオアリの両女王アリが併存して、両方ともに家族が増えていき、混在して同居し続けるのではないか。そんなことも思ってみた。

そんな10月16日の昼過ぎのことだ。餌の入れ替えをするためにトゲアリのいる餌器のモートフィーダーの蓋を開けた。ところが、それが引き金になって、トゲアリがホースの中へと入っていったのだ。もしも、人工巣インテリアリの中に入っていったら、そこでムネアカオオアリの女王アリと出会って再び激しい戦いが始まるかも知れない。予期していなかったことで、私は慌ててしまった。

こうなる前に、トゲアリをムネアカオオアリの女王アリと分けて飼うかどうかをはっきりさせておくべきだったのだ。ムネアカオオアリの女王アリは、インテリアリからホースへは出られないように、径の小さなワッシャーをホースに組み込んでいる。しかしながら、トゲアリはこのワッシャーをくぐり抜けることができるのだ。この状態は、自然界に置きかえれば、トゲアリが、ムネアカオオアリの巣の中の女王アリとは別の部屋に居候していることになる。そんなことは、実際に起こりうると考えられなくもない。してみると、今回は完全に分けて飼う方が不自然なのだ。自然界でも、トゲアリの女王アリが、ムネアカオオアリの女王アリと一戦を交えた後、不利とみて一度退散しはするが、ムネアカオオアリの巣に留まり、何らかのきっかけで再び両者が出会い戦いになる、そんなシナリオがあっても良いのだ。それに、そもそも後戻りができない真剣勝負を既に始めていたのだ。

すぐに記録ができるようにカメラの用意を始めた。トゲアリは、しばらくはホースの中を行きつ戻りつしていたが、12時36分50秒についにインテリアリの中に入っていった。この時のトゲアリの様子から、ムネアカオオアリの女王アリを探しての行動ではないと感じた。以前は本当にまっしぐらにインテリアリの中に入っていき、すばやくムネアカオオアリの女王アリを見つけてかかっていったが、今回はその勢いは明らかになかった。しかしながら、ムネアカオオアリの女王アリとまたしても出会う必然にあったのだ。

再び戦いが始まった

目の前にムネアカオオアリの女王アリがいた。トゲアリは襲いかかろうとはしない。なんだか挨拶さえ交わしたいように見える。だが、ムネアカオオアリの女王アリは、この侵入者に容赦はしなかった。トゲアリの左側のまだ傷を負っていなかった側の触角の触角柄節にかぶりついた。そのまましばらくの間放さない。トゲアリには為す術がないようだ。

本当にトゲアリはどうしたのだろう。以前は果敢にムネアカオオアリの女王アリに飛びかかっていったが、今回は全く別人のようだ。ひょっとするとトゲアリの中の本能というゼンマイは、一度使って緩んでしまうともう一度巻き戻すことができないのか。そんなふうにさえ思えた。

その直後から20分間の様子を8分間に編集している

この時、トゲアリは左側の触角柄節を途中から失っている。トゲアリの方が断然不利な状況だが、しかも逃げ切る合間があるようなのだが、逃げる気配がない。周りの働きアリはというと、トゲアリを侵入者として執拗に攻撃してくる。一度、トゲアリがムネアカオオアリの女王アリの大腮に咬みつくが、それ以外はムネアカオオアリの女王アリの方が戦いを仕掛けている。途中からムネアカオオアリの女王アリは立ち去るが、勿論敗北してというわけではなく、余裕を持ってのことだ。後は、働きアリにお任せといったところだろうか。

動画の最後で、一匹の働きアリがトゲアリをムネアカオオアリの女王アリがいる部屋へと引きずり込むが、この後、トゲアリはムネアカオオアリの女王アリから攻撃を受ける。私が観察した限りでは、更にもう一度両者が出会い、やはりムネアカオオアリの方が攻撃をした。いずれも、トゲアリは逃げようともせず、攻撃されっぱなしであった。

働きアリによるトゲアリへの攻撃はやまない。トゲアリは、以前左側の前脚の主要な部位を失っていたが、このことはやはり決定的なことであったのだろう。相手の分泌物を自分の体に擦り付けることができないので、ムネアカオオアリの家族の一員へと偽装できないのだ。だから、いつまでたっても働きアリは攻撃してくる。

午後2時39分に見た時には、更に右側の前脚の腿節の付け根辺りから前脚を失っていた。触角、そして前脚、昆虫にとって、またトゲアリにとって、とても大切な部位をやられてしまったのだ。それは、偶然その部位だったのか、それとも、そここそが最も狙われるところなのかは分からないが、もうなんともしようがないほどの痛手だ。

午後11時を回った頃に様子を見てみると、通常ごみ溜めになっている部屋にいて、まだ攻撃されていた。よく見ると左側の中脚も腿節から失っていた。もう、再起は不可能に思えた。

深手を負ってごみ溜めの部屋にいた

翌10月17日、事態はなんら好転していなかった。いや悪くなるに決まっていた。朝の8時過ぎに見た時には、右側の中脚も腿節から失っていた。これで残っている肢は後脚だけだが、その後脚も左側は動かなかった。だから、唯一正常なのは右の後脚だけとなっていた。しかし、これでは仰向けから起き上がることすらできない。

だが、まだ時折、働きアリに囲まれながらも、激しく体を動かすことがあった。見かけ以上に元気があるのだろうか。

けれども、この戦いに結論を出す時期は、もうとっくに来ていたのだ。やがて、そのことを見せつけるかのように、午後7時9分、気付いた時にはトゲアリはひとりごみ溜めに置きっぱなしになっていた。

ひとりごみ溜めにいた まわりにはもう働きアリもいなかった

私は何ということをしてしまったのだろうか。あれほど稀な出会いであったトゲアリの女王アリを結局は死なせてしまったのだ。この女王アリから、その家族を見ることなく終わってしまったのだ。

けれども、視点を自然界において考えてみよう。ムネアカオオアリは、大きな巣になると毎年女王アリを産出し、種の存続を図る。数年間にわたって、ひとつの巣から数百匹の女王アリを巣立ちさせるのであろうが、結局のところ、その巣が絶えるまでに、たった一匹の運の良い女王アリだけが巣を繁栄させれば良いのだ。実際そうでなければ、そこら中、ムネアカオオアリだらけになって、食物連鎖のバランスを崩してしまう。

これと同じことは、トゲアリについても言えることだ。やはり数年間にわたって、数百匹の女王アリを巣立ちさせるのであろうが、ことごとくその女王アリが、ムネアカオオアリやクロオオアリの巣にうまく侵入できたとしたら、ムネアカオオアリもクロオオアリも絶滅するであろうし、そうなれば、次の世代のトゲアリの寄主がなくなってしまう。その際は、また別の進化を必要とするが、現時点のトゲアリの進化の到達点は、ムネアカオオアリやクロオオアリの巣に一時的社会寄生をすることなのだ。

私が見た今回のトゲアリのチャレンジとその失敗は、自然界ではとても普遍的な事態なのだろう。おそらく、多くのトゲアリの女王アリは、今回私が見たのとよく似た経過をたどって、社会寄生に失敗していて、多くはムネアカオオアリの勝利に終わっているのだろう。

今回の結末は、トゲアリの視点から見れば、寄生に失敗して残念ではあるのだが、ムネアカオオアリの視点から見れば、侵略者を打ち破った輝かしい勝利だったと言えるのである。

トゲアリ物語(11)

それから1時間ほど経った午後2時48分、人工巣インテリアリの中にトゲアリがいないのに気付いた。ムネアカオオアリの女王アリは、元気な様子で、インテリアリの中にいる。傷は負っていない。

何もなかったかのように、いつも通りにしている

では、トゲアリはどこに行ったのだろう。餌器のモートフィーダーにもいないので、裏側のホースの中を見るとそこにトゲアリはいた。

ムネアカオオアリの働きアリがホースの中を行き来しているが、戦いは起こらない。時々、トゲアリの方からと思えるが、口移しを要求している。口移しは、働きアリから拒否されることの方が多かったが、口移しをしている場面も観察できた。

1分15秒の動画 後半では口移しをしている

2時54分には、トゲアリはホースの中から餌器モートフィーダーの方へと移動する。そこでも、口移しを行なっていた。

口移しができていた

翌日10月4日、朝の7時前に見ると、トゲアリは働きアリや幼虫などと一緒に馴染んだ感じでいた。

トゲアリはムネアカオオアリの中に溶け込んでいるように見える(6時51分撮影)

けれども、下の写真は8時25分に撮影した写真だが、トゲアリは明らかにムネアカオオアリから攻撃されている。

ムネアカオオアリから攻撃を受ける(8時25分)

そしてまた、9時過ぎには、ムネアカオオアリの中に馴染んでいるのである。

ムネアカオオアリと一緒にいる

トゲアリは、ムネアカオオアリの中で不安定な位置にあることが分かる。こうした状況は、その後も何日も続いた。

下の写真は、5日後の10月9日に撮影したものだが、トゲアリは攻撃を受けながらも、ムネアカオオアリと共に暮らしていた。

時々攻撃を受けながらも一緒に暮らしている(午前9時14分撮影)

下の動画は、同日の午前9時52分から撮影したものだが、かなり激しく攻撃を受けている。

かなり激しく攻撃を受けている(1分間の動画)

この様子を見て、私には気になることがあった。トゲアリの左の後脚を咬んでいる働きアリは、咬んだまま死んでいるように見える。また、トゲアリの右の触角を咬んでいる働きアリの腹部を、咬んでいる仲間の働きアリがいて、咬まれている腹部が気持ち変形しているように見える。これらはどういうことだろう。

その35分前に撮影した動画を見てみよう。

35分前の動画(30秒)

この動画を見ると、先程のトゲアリの左の後脚を咬んでいた働きアリはまだ元気だが、その働きアリは後脚を他の働きアリに引っ張られている。それだけではなく、腹部を更に他の働きアリに幾度も咬まれているのだ。

その35分後には死んだようになっていたわけだが、トゲアリが攻撃されている態勢から考えて、トゲアリがこの肢を咬んでいる働きアリを咬み殺すことはできないと思われる。だとすると、仲間の働きアリに殺されたのか、疑問が湧いてくる。

写真には収めていないが、トゲアリとの同居が始まってから、ある働きアリが複数の仲間の働きアリに体中を嘗められているところをみたことがある。嘗められている働きアリはそんな時じっとしていた。こんな光景は、人間の部屋に迷い出ていた働きアリを元の巣が分からないままに、誤って他の人工巣に入れた時と似ている。入れられた働きアリは、その巣の働きアリと出会うと、激しい攻撃を受けはしなかったが、複数の働きアリに体を嘗められた。その働きアリは、逃げるとも反撃するともなく、嘗められるまま体を少し丸めながら、されるままになっていた。そしてその翌日あたりに死んでいるのだ。

その日の午後3時過ぎにモートフィーダーの中を見てみると、朝のうちはあれほど攻撃を受けていたにも関わらず、何もなかったかのように、モートフィーダーの中は平穏であった。

またまた平静を取り戻していた(15時3分撮影)

攻撃を受けたり、受け入れられたりの繰り返しであることが分かる。トゲアリはあれからはケガをしていない。また、以前同様に元気にしているのだ。

そして、上の写真から少し離れたところに、働きアリの死体があった。あのトゲアリの後ろ肢に咬みついていた働きアリなのだろう。

死んでいる働きアリ(15時4分撮影)

トゲアリ物語(10)

予想に反して、翌朝(10月3日)、ムネアカオオアリの女王アリは死んではいなかった。

10月3日 8時47分撮影

どうやら、長期戦になりそうだ。……

と思ったのだが、午後になって、1時半頃に気付いた時には、事態は動いていた。いつの間にか、トゲアリがムネアカオオアリの頸部を放していたのだ。

わずか4秒の動画 13時35分撮影

その後の様子は、引き続きビデオに収めることができた。

6分30秒の動画

午後1時40分ごろからの様子だ。初めは両者とも頭部をすり合わせて、触角を盛んに動かし接触させていたが、やがてムネアカオオアリの女王アリの攻撃が始まる。トゲアリの方は応戦することもなく、されるままの様子だ。トゲアリは、一度は他の部屋へと逃げるが、また元の部屋に戻ってきて、再び攻撃を受ける。トゲアリは、そもそもとても速く歩けるにも関わらず、動きが鈍く、逃げようとしているのかさえ疑わしい。やがて、腹柄節をムネアカオオアリの女王アリに咬まれ、そのまま両者がその場を動かなくなる。この間、働きアリは、どちら側につくということなくずっと傍観していた。

このビデオを見ると、既にトゲアリは2箇所で深手を負っていたことが分かる。1ヶ所は、左側の前脚で、脛節(けいせつ)と付節を失っている。細かい毛がついているのが付節であるから、かなり大きな痛手である。もう1ヶ所は、右の触角で、先の棍棒部を含む5節を失っている。もし、この場を逃げ切ったとしても、トゲアリの女王アリは生きていけるのだろうか。

トゲアリ物語(9)

すぐに決着がつくと思っていたが、1時間経っても大きな変化はなかった。ムネアカオオアリの女王アリの方は、ひっくり返ったままで、トゲアリが上に乗っている。ムネアカオオアリは、ずっと頸部を咬まれているので、苦しそうには見えたが、触角は良く動いている。今すぐ死ぬような気配はない。周りにいる働きアリは、自分の女王アリの腹部をなめたりしているが、トゲアリに対してもその腹部や胸部を同じようになめている。まるで、両者の女王アリを一体のものとして認識しているかに見える。

10時2分頃の様子(1分間)

夜遅くになっても、トゲアリがムネアカオオアリの頸部を咬んだままだった。ただ、ムネアカオオアリは元気なようで、起き上がっていて、歩いて向きを変えたりした。トゲアリの女王アリがムネアカオオアリの女王アリに咬みついてから、14時間半程経過していた。

夜遅くの様子(2分間)

いったいいつになったら、ムネアカオオアリの女王アリは息絶えるのであろうか。ひょっとすると、明日の朝までには決着がついているかも知れない、そう思いながら、この日の観察は終えることにした。

トゲアリ物語(8)

午前8時38分、インテリアリセットの餌器の中に置いたトゲアリが入っている簡易飼育器の蓋を開けた。すぐさまムネアカオオアリの働きアリと出くわす。

ムネアカオオアリと出くわす

ムネアカオオアリが2匹になる

ムネアカオオアリを振り払って歩き出す

どのようにして、ムネアカオオアリの攻撃から逃れたのだろうか。見逃してしまった。トゲアリは、簡易飼育器から出てきて、再びムネアカオオアリに捕まる。

3方から襲われる

ムネアカオオアリが寄ってたかって

こんどこそ、これまでかと思っていると、目を離したちょっとした間に、いつの間にか人工巣の中に侵入していた。またしても、ムネアカオオアリの攻撃を振り払うところを観察できなくて残念だが、攻撃を振り払ってから、おそらくあっという間に、餌器から人工巣に通じるホースを通って人工巣の中に入ったのだ。そのことに気付いたのは、簡易飼育器の蓋を開けてから7分後のことであった。

人工巣の中に入ったトゲアリ

トゲアリは、ムネアカオオアリのいる部屋へ通じる通路を通り越して別の部屋に一旦入りこんだが、

働きアリと出会う

引っ返して、ムネアカオオアリの女王アリのいる部屋へと入っていった。一瞬のことで、写真もビデオも撮れなかったが、トゲアリはあっという間にムネアカオオアリの女王アリに飛びついた。ムネアカオオアリの女王アリも応戦したが、応戦しながら逃げていく。上方の通路からさっき一旦トゲアリが入ったいた部屋へと向かう。一歩遅れて、トゲアリは追いかける。一度は、反対側の左の部屋へと向かったりするが、その慌てぶりは逃げているのではなく、明らかに攻撃的にムネアカオオアリの女王アリを狙ってのことだ。すぐさま、ムネアカオオアリがいる部屋へと入って行き、再びムネアカオオアリの女王アリに襲いかかった。

ここからは動画で撮影できている。それは8時51分からのことだ。

最初の様子の動画 1分30秒

始めは、トゲアリがムネアカオオアリの大腮の片方を咬んでいる。その後で、ムネアカオオアリの頭部の腹面を軽く咬んだりなめたりした。そのわずかな間、ムネアカオオアリは大腮が自由になったにも関わらず、されるままになっていた。それから、トゲアリはムネアカオオアリの頸部に咬みついた。周りのムネアカオオアリの働きアリはというと、傍観とも思える行動を取っていて、トゲアリを攻撃しない。トゲアリは前脚で、ムネアカオオアリの女王アリの胸部を撫で、次に自分の胸部を撫でている。

その後の20分間までのビデオも紹介しておこう。

2分間の編集した動画

ムネアカオオアリの女王アリは、歩けるようだ。後半になって、一匹の働きアリがトゲアリの腹柄節の棘を引っ張って上方へ持ち上げるが、やがて2匹の女王アリは落ちてくる。今度は、ムネアカオオアリが下になっている。

さあ、これ以降どうなるのだろう。いつごろ決着がつくのだろう。しばらく、注意深く観察し、ビデオにも撮っておこう。

トゲアリ物語(7)

前回、トゲアリがムネアカオオアリを抱きかかえて、前脚で双方の体を撫で回したと書いたが、その前脚の構造を拡大写真で見てみよう。

前脚に細かい毛がたくさんついている

写真で見るように、前脚には細かい毛がたくさんついている。この毛にムネアカオオアリの体に付着しているその家族特有の分泌物を付け、トゲアリ自身の体に付着させているのだろう。そのことで、ムネアカオオアリの働きアリは、トゲアリの女王アリに対して仲間の一員であるかのように行動するのであろう。

さて、前回まで二度、トゲアリには2種のオオアリの巣に侵入する機会を与えたのだが、二度とも失敗してしまった。いや、実は失敗したという言い方は正しくないのかも知れない。失敗と思っているのは、私なのであり、自然界では「私」はトゲアリに働き掛けることはできないのであるから、引き続き事態を見守るべきではなかったのか。せっかく手に入れたトゲアリを失いたくないという私の身勝手な配慮が、考えればとても不自然なことだったのではないだろうか。自然の営みはもっと厳しいはずで、その自然体を観察してこそ意味のあることだったのではないだろうか、そんなふうに思えてきたのだ。

そこで、今度は覚悟して、トゲアリがどうなろうと助けないでおこうと決めた。

3度目は、どの巣に侵入させようかと一旦は迷ったが、既に前回のムネアカオオアリの家族の分泌物をトゲアリが体に付けていることを考え、前回と同じムネアカオオアリの巣に二度目のチャレンジをさせることにした。採集から5日目の10月2日のことである。いよいよ後戻りのできない真剣勝負が始まるのだ。

トゲアリ物語(6)

トゲアリの女王アリを救出したのだが、だいぶ攻撃を受けていたので、とても心配だった。

次の日の夜に見てみると(その日は朝早くから夜遅くまで出かけていた)、何だかトゲアリがじっとしているのだ。「あー、死んでしまったか」と思いながら29日は過ぎてしまった。

30日になって、もう一度トゲアリを見てみると、あんなに絶望していたのに、生きているではないか。とても不思議で、トゲアリが生き返ったようにさえ思えた。

そこで、次の作戦?を考えてみた。私が46年前にトゲアリを見つけた時はクロオオアリの巣に寄生していた。また、郡場央基氏の研究やその他の方の見聞などでも、クロオオアリの巣に一時寄生をしていたという報告はある。ところが、ものの本によるとムネアカオオアリの巣にも一時寄生をすると書かれている。それなら、今度はムネアカオオアリの巣に侵入させて、ムネアカオオアリにも一時寄生をするか、試してみよう。

というわけで、2年目のもちろん女王アリのいるムネアカオオアリの巣に侵入させることにした。下の写真がその巣だ。

説明上、後に撮った写真。「インテリアリ」セットの試作品だ。

2年目の巣だが、働きアリは18匹しかいない。かなりの小規模だ。

日が替わって10月1日になっていた。トゲアリを入れている簡易飼育器のまま、「インテリアリ」セットの上方にある餌器「モートフィーダー」の中に入れた。すぐに一匹の働きアリが簡易飼育器の中に入り、トゲアリの女王アリと一戦を交えた。これはかなり早く決着がつき、ムネアカオオアリの働きアリの方がうずくまっている。トゲアリは簡易飼育器から外へ出かけた。

簡易飼育器から出ようとするトゲアリ ピントが合っていないがその上の茶色っぽく見えるのがうずくまる働きアリ

トゲアリは、とても速くモートフィーダーの中を走り回る。長い肢が素早く動いているのが印象的だ。慌てているとも思えるし、何かを探しに一直線に向かっているとも思える。それまでのあまり動かない印章とはまるで違っていた。途中で働きアリと出会うが、トゲアリが速く歩いているので、そのまま通り過ぎる。

出会ったが素早くそのまま通り過ぎる

やがて、人工巣「インテリアリ」へとつながっている入り口を見つけたようだ。

この入り口から人工巣につながる

とても速いスピードで走って行く。人?が変わったように、まっしぐらに。

走るのがとても速い

あっというまに「インテリアリ」の中に突入した。が、そこにも働きアリがいた。

インテリアリに入ったところで働きアリにでくわす

どうなるかと見ていると、

働きアリがトゲアリに食い付いた

働きアリが攻撃を始めて、トゲアリは足止めされてしまった。

1分30秒の動画

しばらくすると、トゲアリが反撃して働きアリを抱きかかえた。トゲアリはムネアカオオアリの腹柄節をくわえ、前脚でムネアカオオアリの胸部を撫で回しては、自分の腹部・胸部・頭部を撫で回している。他方、ムネアカオオアリの方は、トゲアリの肢に食い付いているようだ。時々やって来るムネアカオオアリの働きアリは、トゲアリを異物と捉えている様子だが、激しく噛みつくことはない。やがては、この現場から立ち去っていく。

かなり時間が経った頃、ほんの少し、目を離している内に、この場所からトゲアリがいなくなっていた。探すと、人工巣のインテリアリと餌器のモートフィーダーを繋ぐホースの中にいて、複数の働きアリに咬み付かれている。「このままでは、トゲアリが危ない」そう思い、再び救出してこの試みを中断した。

トゲアリが人工巣へ侵入を始めて、救出までおよそ2時間15分ほどの時間が経過していた。

モートフィーダーの中に置き去りにされている簡易人工巣を見ると、最初に一戦を交えたムネアカオオアリが死んでいるようだった。

後に死んでいるのを確認した

多く知られているケースでは、トゲアリの女王アリは、寄主の働きアリを殺さないのだが、今回のようなことも起こりうるのだ。

トゲアリ物語(5)

トゲアリ物語の(1)で、「1966年の時点で、トゲアリの生態についてどのくらい分かっていたのか確言できないのだが、当時の私の知識で書いたように、本当に『このトゲアリは、まだ未記録のもの』であったのかも知れないのである」と書いたが、このように見てくると、トゲアリの一時的社会寄生について、1966年までに既に先行研究があったことが分かる。ただ、その頃の情報を得る手段が今日のようではなかったので、極特別な環境に身を置いていなければ、情報は入ってこなかったのである。

さて、実は、私の最初のトゲアリとの出逢いから46年も経過した今年に、あのトゲアリの女王アリと再び出逢うことになったのだ。それは、9月28日のことだった。

私の住んでいるすぐ近くに林道が走る低い山がある。山の名前があるのかないのか分からないような山だが、良く整備された林道があるので、時々サイクリングコースに使ったりしていた。9月28日は車でアリの採集に出かけていたのだが、何種類かアリの標本作りをしていて、ふと、大きめの女王アリらしいアリが道路の端の方を歩いているのを見つけた。午後3時前後のことである。

フィルムケースに捕らえて持ち帰ったが、他のアリの観察などに時間を取っていて、その女王アリらしきアリは後回しになっていた。午後8時頃になって、そのアリを透明なフィルムケースの中に見ると、動きがとてもみぶいのである。「死にかけている」と思い、水分不足を疑い、簡易飼育器に脱脂綿を敷き、脱脂綿をぬらしてからその女王アリらしきを入れた。

その過程で、初めてこの女王アリらしきアリには棘があることに気付いた。採集時によく見ていなかったのである。その棘から、このアリはトゲアリの仲間ではないかと思い、同定することにした。同定にはそう迷うことではなかったが、チクシトゲアリの女王アリかどうかは検討する必要はあった。結局、チクシトゲアリの女王アリについてはよく分からなかったが、トゲアリの女王アリとは同じ形態をしていることを確認し、トゲアリの女王アリだと同定した。

そうと分かれば、どのようにしてクロオオアリやムネアカオオアリの巣に寄生するのか、知りたくなるのは極当然の成り行きであった。46年前にはできなかったことが、今できるようになっているのである。こんなまたとないかも知れない機会をみすみす見逃すことはあるまい。ただ、今は一度きりのチャンスしかないのだから、どうするか慎重に冷静に考えなくてはならない。

自然界でのことを考えてみよう。一時寄生が自然界で、そう容易く成功するはずはないであろう。もし、高い確率で一時寄生ができれば、そこいらで、トゲアリの巣が見つかるはずだが、現実には、とても稀にしか出くわさないのだ。進入の際に働きアリに襲われるであろうが、それなら働きアリがまだ少なく、まだ巣が浅い、年数がいっていない巣の方が、成功する可能性が高いのであろうか。いやいや、そう考えるのではなく、自然界では、年数が経って女王アリが死んでしまった巣が必ずあるはずだ。そんな巣にトゲアリの女王アリが進入するとすれば、トゲアリにとって何か有利な点があるのではないか。そんなふうにあれこれと考えて、試しに、女王アリが昨年死んでいて、働きアリが10匹元気に暮らしているクロオオアリの2年目の巣の中に入れてみることにした。

クリーンカップの脱脂綿ごとクロオオアリの巣に入れてみた

触角に咬み付かれた

3匹からの一斉攻撃 大丈夫か

何とかふり逃げられた

今度こそ絶望か

助けてあげなくっちゃ

ということで、私が恐ろしくなって、遂にトゲアリを救出しました。

一見疲れているようにも見えた

改めて拡大してみると

よく棘が見える

トゲアリ物語(4)

ところで、郡場央基氏のことだが、氏はアリの研究を主としておられた方である。論文の他には、一例を挙げれば、1979年に平井文人氏と共著で『くろおおあり』 (えほん・しぜんシリーズ ポプラ社)を出されている。

氏のアリの研究の中には、クサアリモドキに関するものもあり、論文としては「クサアリモドキの社会寄生に関する実験と観察」(1956年5月5日)などがある。

そのクサアリモドキだが、私はかつて氏に教えていただいたことがある。1970年のことであった。

いただいた手紙の一部

その手紙の内容はテキスト化している。

お手紙拝見しました。御返事非常におくれて失礼しました。
お送りになった標本は確かにクサアリモドキの肥雌です。クサアリモドキの雌には二型あり、(正常雌:α-♀と肥雌:β-♀)正常雌は働きアリよりも少し体が大きいだけで肢の形が平たくないと言うことです。私も正常雌の方はあまり採集したことがなく、形態生態についてしらべたことはありません。
肥雌の肢のひらたいのが運ばれるための肢であると言うあなたの考えは大変面白いと思いました。他の寄生アリにも同じような傾向を示すものが知られています。
ヤマアリの巣に肥雌を入れてみたと言うことですが、やはりヤマアリ属では少し縁が遠いようで、寄生は無理と思います。しかしそれとは別にして実際にためしてみることはやはり大切なことです。
クサアリモドキの飛出期は7月頃ですので、寄生生活を見ようと思えば、それ以前にトビイロケアリの群を用意しておかねばなりません。寄生アリの方も無傷の元気なものが望ましいのは勿論です。採集の時、ビンに密閉すると自分の出した蟻酸に冒されることもありますので金網張りの管ビンに入れるとか、強くつまむようなつかみ方をしないとかの注意が必要です。乾燥にも弱いのでビンの中を適度にしめらせておくことも大切です。肥雌自体は稀なものではないのですから注意していれば採集の機会も飼育の機会も十分得られると思います。
最後に日本昆虫記のアリの話の中に訂正しておきたい事がありますのでつけ加えておきます。
203頁 写真説明 アメイロケアリ→アメイロアリ
206頁 写真 イチヂクのみつ→イチヂク樹幹上のカイガラムシのみつ
226頁 ここに羽化の際に働きアリがまゆをなめてぬらすことが書いてありますが、その後の観察ではまゆは特にぬらしたりしないでも咬み破るのが普通の状態のようです。まゆをぬらしたのは巣内の乾燥のような異常な状態の中での行動ではないかと思われるのですが、その点もまだ確かめてはおらずはっきりしたことは言えません。
以上

四月二十日
大月正雄様

郡場央基

手紙の最後の方で、郡場央基氏が『日本昆虫記』について触れているが、氏は『日本昆虫記』の三巻で「クサアリモドキの家族寄生」を執筆されており、その訂正についてだ。実は、私が氏と連絡を取ったのも、この文章を読んでのことだった。

『日本昆虫記 Ⅲ』

トゲアリ物語(3)

年代的に次に登録されている論文は、郡場央基(こおりば おうき)氏の『トゲアリの寄生生活』(1963年9月30日)である。この論文は、1961年の9月23日に京都市内の相国寺でトゲアリの女王アリを採集し、この女王アリを、クロオオアリを寄主にして、一時的社会寄生をさせる話である。

採集の翌日から、クロオオアリの働きアリのみと一緒にして観察を始める。29日になって「雌(トゲアリの女王アリ/筆者註)は職アリの頸部に咬みついて体を丸め、職アリを抱えこむようにしながら前肢を動かして下になっている職アリの体をこすり、それから自分の体を前肢でこするという行動をくり返し行なった」とある。この期間の途中で、トゲアリの女王アリに咬みついていたクロオオアリを巣から取り出している。更に詳しく記述が続くが、翌年1962年の6月4日になって初めての産卵があり、その年中に羽化したトゲアリの働きアリは9匹であったと記されている。この論文は、全体を通してとても参考になる優れた叙述である。

ただ1点残念に思うのは、女王アリがいるクロオオアリの巣に、トゲアリの女王アリを入れたのではないので、クロオオアリの女王アリとはどうなるのかが、明らかにならなかった点である。

その後、郡場央基氏は、1966年12月15日に『野外でのトゲアリとクロオオアリの混合巣』というとても短い文章を寄せている。これは、1965年5月27日に京都市内の吉田山で巣を見つけ、多数のトゲアリと共に1匹の大型のクロオオアリの働きアリを採集し、6月7日にそのクロオオアリが死ぬまでの報告である。この中で、郡場央基氏は、このクロオオアリが「争うことなく生活し、トゲアリと全く同一群の個体として扱われていることが判明した」と書いている。また、「このような大型職アリは、数年間の寿命を保ち得るものである。只一匹ではあったけれども、トゲアリの群があまり大きくないものであったことを併せ考えてみて、一時寄生を受けた最後の生き残りと推測し得るものと思われる」と結んでいる。

トゲアリ物語(2)

「サイニィ」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。「CiNii」と表記する「NII論文情報ナビゲータ」のことである。その名の通り、論文や図書・雑誌などの学術情報を検索できる国立情報研究所のデータベース・サービスのことである。

CiNiiトップ画面

このデータベースで、トゲアリに関する記述を検索してみよう。すると、日本の種名としての「トゲアリ」そのものに関する論文は6点ヒットする。

1899/06/15 金峯山採集トゲアリ(村上萬太郎)
1911/05/15 日本産トゲアリ屬(矢野宗幹)
1963/09/30 トゲアリの寄生生活(郡場央基)
1966/12/15 野外でのトゲアリとクロオオアリの混合巣(郡場央基)
1996/08 トゲアリの生活–飼育と野外観察をとおして(酒井春彦)
2000/03 トゲアリの観察と飼育 (酒井春彦)

『金峯山採集トゲアリ』は、村上萬太郎が金峯山へ採集に出かけた際、「一種異様の蟻群」が「徘徊」するのを見て、数十匹を持ち帰った話である。体の各部位について詳しく記述している。2ページとちょっとの分量である。

『日本産トゲアリ屬』には、台湾も含めて複数の種のトゲアリを紹介している。紹介の主な記述は「識別に必要な部分に限り」とあるように、形態についてが主となっている。種としてのトゲアリの記述では、「職蟻」「雌」「雄」「幼虫」「蛹」と多岐にわたっている。だが、注目すべきは、それらの後に続く記述である。長くなるが、引用してみよう。今から101年も前の明治44年5月15日付けの論文である。

本種はLEWIS氏初めて是を兵庫に採りて、F.SMITH氏之を記載せし以来外人の記載せし者多く、本邦にありても、村上萬太郎氏の本誌に、深井武司氏の昆虫世界に記されし事あれども、常に職蟻のみにして羽蟻に就きては全く知られざりき、予も亦此に注意せしが、明治四十年十一月二日初めて小石川植物園にてトゲアリ属の1疋の翅を失へる雌が地上を歩するを得、本種なる可しと想像せり、翌四十一年十一月初旬本郷帝国大学構内の石下に同様の者一を得、四十二年十一月初旬三度目黒林業試験場内にて同様の者が一は地上に一は樹木の朽ちたる部分にあるを得たり、然しながら未だ是を以て直にトゲアリの雌となさんには多少の疑ありしが、昨四十三年七月下旬豊前国企救村にて椎の老樹にある巣を破りて幸にして其の有翅の雌雄多数を得、以て前記の者が同種なるを確め得たり、前記の事実を総合すれば、本種は夏日有翅の雌雄を生じ、十月下旬乃至十一月上旬巣を出でて飛去る者なるが如く、四十二年十月下旬帝室博物館内の老樹より本種の羽蟻飛び出せし事を齋藤諒次郎氏実見せられしは其の時期を確むるものなり、(但し氏の標本は予は見るを得ざりき)元来羽蟻の飛出すは各種によりて時期一定せる者なるが、多く五月より九月頃までにして、本種の如く十月下旬に出ずるは本邦にありては珍しき事実なり、しかして熱帯性なる本種が本邦の如き寒冷なる地にありて他種が全く跡を断つの頃に独り結婚飛翔を試みるは何故なるべきか。予は又本年一月三十日東京の郊外にて一疋の本種の職蟻の地上を歩するを見たり、假令本年の気候が温暖なりしにもせよ、此の事実は同種の耐寒性を証する者にして、他の主として寒地に分布する種に比較して興味ある事実なりと信ず。

つまり、明治40年11月に初めてトゲアリの女王アリらしき蟻を発見し、その3年後の明治43年7月になってトゲアリの巣の中から羽蟻を見つけ、トゲアリの女王アリであったことが確定したのである。

予は本種の巣を移す事に就きて面白き事に遭遇せり。クロオホアリ(Camponotus herculeanus japonicus)は本邦に普通なる大形の黒蟻なるが、常に好みて向陽の地の草なきか、又は多少小草ある乾燥せる地中に孔を穿ちて巣を営む、林業試験場の園内に小家族よりなる此の巣ありて三個の穴口ありたり、然るに昨年五月中旬此の巣の二つの口よりトゲアリの混じて出入するを見たり、互いに争う事はなきも共に平常の如く静穏にはあらざりき、翌日に至りては前の二つの口よりはトゲアリのみ出でてクロオホアリは他の一つの口より出入せしが、遂には其よりもトゲアリ出入するに至り、一週間許りにして全くトゲアリのみ出入するに至り、従って挙動も平静に帰したり。八月に至りて此のトゲアリは此より二十餘間の籬にある枯竹の中に巣を移し幼虫を運び終るに三日を要したり。
観察せる事実は上記の如くにして正しき断案を下すを得ざれども是に想像を加ふれば、トゲアリは自己の巣を営むに適当なる大なる枯木あらざりしが為に居を移して一度クロオホアリの巣を占領し、更に枯竹に巣を移せし者ならんと思ふ。元来トゲアリは大樹の枯朽せる部分に孔を穿ちて巣を営む者にして決して土中に巣を造る事あらざると前記の場所にては近く小さき木の林のみなりしとによりて想像し得、而して他巣を占領する事を事実とすれば他の蟻類に見る家族的寄生等と比較して興味なき事にあらざるなり。

以上の記述から、矢野宗幹氏は、トゲアリが一時的にクロオオアリの巣に仮住まいしていた、と考えていることが分かる。つまり、現在知られているように、クロオオアリの巣に一時的社会寄生をしているとは考えていないのである。これが、100年前のトゲアリの生態についての知見であった。

トゲアリ物語(1)

『昆虫と自然』という月刊誌を知っているだろうか。ネットで検索してみると、ヒットする。今さらながら、「今も」この研究誌が存在しているのだと分かった。「今も」と書いたのは、長い間この研究誌を意識することがなかったからだが、それとともに、私が中学生の頃、この研究誌をよく知っていたからでもある。この研究誌は、1966年4月に創刊されていて、私は、その当初の読者でもあった。今は、その7号(1966年10月号)だけを大事に保管している。

『昆虫と自然』No.7

なぜその7号なのかというと、私自身が投稿した原稿が掲載されているからである。その記事の内容は、私にとっての新発見なのである。

当時、私は岡山市に住んでいて、私が住んでいた所の北方にあった市内の「矢坂山(やさかやま)」へ、よく自転車でアリの観察・採集に出かけていた。矢坂山というのは、平坦な山で、あの有名な桜色をした御影石(みかげいし)の「万成石(まんなりいし)」を産出する山へと続いている山である。矢坂山は、花崗岩が風化してできた土山であり、山容がなだらかであり、土も掘りやすく、アリの観察・採集にはとても適している場所であった。

矢坂山全景(南方より望む)

さて、その『昆虫と自然』に投稿した記事だが、 それは、この矢坂山で発見したトゲアリについてであった。中一の時のことである。その記事を以下に再録して見よう。

『昆虫と自然』1966年10月号(No.7)より

【観察ノート】
一時的社会寄生するトゲアリ  大月正雄

去る8月14日、岡山市矢坂山で一時的社会寄生をするトゲアリを採集した。

このトゲアリの働きアリは、一般に見られるトゲアリを縮小したようなもので、黒くて、胸と腹柄が薄橙色をしていて、胸に3対、腹柄に1対の棘が背中から外側ヘ突き出ている。また女王アリはスマートで、棘は腹柄に短いのが1対だけある。働きアリとは全く異なり、全身が黒くて、腹柄だけが暗赤色をしている。

このトゲアリの生態に関する想像や観察したことを述べておく。

1.トゲアリは、自分で巣作りや子供を育てる能力が少しばかりならあるが、女王がクロオオアリの巣に侵入し、クロオオアリの女王をころしその位を陣取るのではないかと思える。そして、子供の世話はクロオオアリの働きアリにやらせ、つぎつぎと自分の家族の繁栄をはかろうという考えらしい。

2.サムライアリは、付近のクロヤマアリの巣に奴隷狩を何回も行なうが、このトゲアリは、クロオオアリの巣に寄生するだけである。また口器は、食物をかみ切ることができ、奴隷がいなくてもけっこう生活ができるので、最後には、純粋なトゲアリだけの家族になりそうだ。

3.巣が荒されたりすると、クロオオアリは、歩みのおそいトゲアリを大あごでくわえ、巣の奥の方に運んでいく。また蛹などを運ぶ時には、両者とも協力するが、やはり、クロオオアリの方がよく働く。

4.野外でのえさ捜しには、トゲアリの働きアリは参加せず、巣の中でじっとうずくまっているだけである。
いままでにアリ科の社会寄生をするものとしては、エゾアカヤマアリ・アカヤマアリ・サムライアリ・イバリアリ・クサアリモドキ・アメイロケアリなどで、トゲアリ属の寄生は知られていない。

これらのことからいっても、このトゲアリは、まだ未記録のものだと考えられたので報告したいと思う。

(岡山県岡山市下中野544番地の16 〈中学生〉 )

今、読み直して見ると、女王アリの記述の「棘は腹柄に短いのが1対だけある」というのが少し気にはなるが、働きアリの刺の記述は正確であり、やはり、このアリは間違いなくトゲアリであったと思われる。

1966年の時点で、トゲアリの生態についてどのくらい分かっていたのか確言できないのだが、当時の私の知識で書いたように、本当に「このトゲアリは、まだ未記録のもの」であったのかも知れないのである。

思い起こせば、私とトゲアリとの出会いは、こんなものであったのである。

庭の1号巣のその後

9月26日のブログで、庭で久しぶりにクロオオアリを見つけた話を書きましたが、その際、クロオオアリが出入りした巣とその極近くのクロオオアリの1号巣との関係は分かりませんでした。1号巣と同じ家族なのか、あるいは3年目を迎えていた別のクロオオアリの家族なのかが分からなかったのです。

ところが、10月3日になって、その謎が解けました。しかし、それはとても残念な結果から分かることになったのです。

庭に元々から棲んでいるアリを調べるために、庭の所々に角砂糖を置いたのですが、1号巣の囲いのレンガの上にも置いていたのです。今から考えれば、そこに置かなければ良かったと思うのですが、その角砂糖にもアリがたくさん集まっていました。そのアリは、トビイロシワアリでした。

1号巣の囲いのレンガの上にはトビイロシワアリがたくさんいました

私はそのアリの多さに何か異様な気配を感じ心配になって、クロオオアリの巣の部屋を上から覆っているタイルを2枚とペット板を取ってみました。すると、本来クロオオアリの巣穴であるはずのそこにも、たくさんのトビイロシワアリがいたのです。

クロオオアリの巣の中にたくさんのトビイロシワアリがいました

「クロオオアリの家族が、トビイロシワアリに襲われたのか」、私は大変悲痛な思いになりました。9月1日に調べた時には、1号巣にはたったの1匹でしたが、働きアリがいるのを確認していました。また、それより前の4月10日には、働きアリが8匹いました。それなのに、こんなことで全滅したかも知れないのです。よく見てみると、何か大きな死骸の一部がありました。クロオオアリの女王アリの体の一部にも見えました。

何かの死骸です

もっと巣の奥を調べてみることにしました。そこで、囲いのレンガを取り除くと、

壁面にもトビイロシワアリがいました

壁面にもトビイロシワアリがいました。その壁面を崩してみると、クロオオアリが作ったと思われる大きめの巣穴がありました。

クロオオアリの女王アリの腹部のようです

そこにもたくさんのトビイロシワアリがいて、クロオオアリの女王アリの腹部と思われる死骸の一部がありました。掘り返した辺りは、下の写真のようでした。

トビイロシワアリの幼虫や蛹がたくさんいました

でも、確認できたことは、1号巣のクロオオアリの家族は、レンガで囲った盛り土よりも深くは巣を作っていなかったことです。つまり、この1号巣の近くに出入り口があったクロオオアリの家族は、1号巣の家族ではないことが分かったのです。

1号巣の家族が全滅してしまったことは、とても悲しいことでしたが、このことがあって、謎がひとつ解けたのです。

庭で見かけたアリ

庭に元々から棲んでいたアリを探してきましたが、ひとまずこのシリーズを終わるに当たって、今年の春に見かけた別のアリを取り上げます。

クワの枝を歩いて行くアリ

クワの実に集まったアリ

上の写真は6月2日に撮影しました。アリは塀の格子伝いにクワの木の枝に渡り、クワの実に集まっていました。このアリは、どうやら庭には棲んでいないようで、塀の外からやってきているようでした。クロクサアリに似ているのですが、この写真からだけでは私には同定できません。
6月12日には、更に別の種類のアリを見つけました。

1匹だけ見つけました

少し大きめのアリです

このアリは、一見女王アリにも見えるのですが、本当はどうなのでしょうか。このアリの名前も分かりませんでした。