トゲアリ物語の(1)で、「1966年の時点で、トゲアリの生態についてどのくらい分かっていたのか確言できないのだが、当時の私の知識で書いたように、本当に『このトゲアリは、まだ未記録のもの』であったのかも知れないのである」と書いたが、このように見てくると、トゲアリの一時的社会寄生について、1966年までに既に先行研究があったことが分かる。ただ、その頃の情報を得る手段が今日のようではなかったので、極特別な環境に身を置いていなければ、情報は入ってこなかったのである。
さて、実は、私の最初のトゲアリとの出逢いから46年も経過した今年に、あのトゲアリの女王アリと再び出逢うことになったのだ。それは、9月28日のことだった。
私の住んでいるすぐ近くに林道が走る低い山がある。山の名前があるのかないのか分からないような山だが、良く整備された林道があるので、時々サイクリングコースに使ったりしていた。9月28日は車でアリの採集に出かけていたのだが、何種類かアリの標本作りをしていて、ふと、大きめの女王アリらしいアリが道路の端の方を歩いているのを見つけた。午後3時前後のことである。
フィルムケースに捕らえて持ち帰ったが、他のアリの観察などに時間を取っていて、その女王アリらしきアリは後回しになっていた。午後8時頃になって、そのアリを透明なフィルムケースの中に見ると、動きがとてもみぶいのである。「死にかけている」と思い、水分不足を疑い、簡易飼育器に脱脂綿を敷き、脱脂綿をぬらしてからその女王アリらしきを入れた。
その過程で、初めてこの女王アリらしきアリには棘があることに気付いた。採集時によく見ていなかったのである。その棘から、このアリはトゲアリの仲間ではないかと思い、同定することにした。同定にはそう迷うことではなかったが、チクシトゲアリの女王アリかどうかは検討する必要はあった。結局、チクシトゲアリの女王アリについてはよく分からなかったが、トゲアリの女王アリとは同じ形態をしていることを確認し、トゲアリの女王アリだと同定した。
そうと分かれば、どのようにしてクロオオアリやムネアカオオアリの巣に寄生するのか、知りたくなるのは極当然の成り行きであった。46年前にはできなかったことが、今できるようになっているのである。こんなまたとないかも知れない機会をみすみす見逃すことはあるまい。ただ、今は一度きりのチャンスしかないのだから、どうするか慎重に冷静に考えなくてはならない。
自然界でのことを考えてみよう。一時寄生が自然界で、そう容易く成功するはずはないであろう。もし、高い確率で一時寄生ができれば、そこいらで、トゲアリの巣が見つかるはずだが、現実には、とても稀にしか出くわさないのだ。進入の際に働きアリに襲われるであろうが、それなら働きアリがまだ少なく、まだ巣が浅い、年数がいっていない巣の方が、成功する可能性が高いのであろうか。いやいや、そう考えるのではなく、自然界では、年数が経って女王アリが死んでしまった巣が必ずあるはずだ。そんな巣にトゲアリの女王アリが進入するとすれば、トゲアリにとって何か有利な点があるのではないか。そんなふうにあれこれと考えて、試しに、女王アリが昨年死んでいて、働きアリが10匹元気に暮らしているクロオオアリの2年目の巣の中に入れてみることにした。
ということで、私が恐ろしくなって、遂にトゲアリを救出しました。